創業~第18回東京オリンピック(1928~1964)
1928年
- 奥庚子彦(おくかねひこ、当社創業者)が大阪市住吉区丸山通り1-68で運動場建設工事業「奥商会」を創業。

創業の家。現在の阿倍野筋五丁目。(左側、二階の窓に手摺りの無い家)
- この年の秋、奥庚子彦による我が国第一号のアンツーカコートが大阪ガス会社 片岡直方会長邸に竣工。当時アンツーカコートはヨーロッパ圏にしかなく、アメリカでもなかったので大きく話題を呼んだ。我が国始めてのアンツーカコートは、これまで雨に泣かされていたテニス愛好家の目に止まり、この後次々とアンツーカコートが建設されていく。

大阪ガス会社 片岡直方会長邸テニスコート
1937年
- 「中百舌鳥庭球倶楽部」完成。南海鉄道の開通50周年記念事業。当時の泉北郡百舌鳥村大字東、高野線中百舌鳥駅の南東に総合運動場が建設され、その一角に当社による「中百舌鳥庭球倶楽部」のアンツーカコート22面が竣工。

中百舌鳥庭球倶楽部
1938年
- マニラのビール会社(BalintawakBeerco,)から初めて海外工事を受注。当時アンツーカの海外生産は難しく、舗装材はすべて日本から船便で輸送した。
1940年
- 1940年7月~1942年9月にかけて、当時旧満州などに進出していた日本企業から現在の中国(上海と長春)に、合わせて25面のアンツーカテニスコートを施工する。

上海「日本倶楽部」
- 「運動場構成法(アンツーカ)」に関する特許137697号及び137698号が成立。
1941年
- 1937年から継続受注していた「甲子園国際庭球倶楽部」の大規模テニスコート(後に百面コートと呼ばれる)建設工事が終了。当クラブは物資不足の中、軍からクラブの敷地2万坪を軍需工場用地として強権買収されるまでの7年間、この地で発展し続けた。当時、世界最大のテニスクラブであった。

「甲子園国際庭球倶楽部 百面コート」
1945年
- 戦後まもなく大阪市から、大阪商科大学(当時「キャンプ・サカイ」、現在大阪公立大・大阪市住吉区杉本町)に駐留した米軍将校クラブのテニスコートを受注し、コート建設業を再開する。
1946年
- 第1回国民体育大会陸上競技大会が京都の西京極陸上競技場(クレイ舗装)で行われ、当社が整備の仕事を請け負う。進駐軍の占領が始まり、スポーツ振興を掲げたダグラス・マッカーサー連合国軍最高司令官は、この大会を京都で開催することとし、その競技グラウンドの施工を当社創業者奥庚子彦に任せる。
1947年
- 第2回金沢国民体育大会・陸上競技場にアンツーカが初採用される。
- 大阪市住吉区天王寺町にて「株式会社アンツーカ奥商会」として法人化する。
1948年
- 第3回国民体育大会主会場(福岡県平和台陸上競技場)を施工。アンツーカ舗装トラック。陸上トラック専用アンツーカ開発が本格化していく。
1951年
- 大阪市扇町プール仮設テニスコート。扇町プール(1950年8月の日米豪国際選手権水上競技大会のために竣工した18,000人収容の大観覧席を擁する、当時では全国屈指のプール)の中に、世界でも例を見ない“プールの中のテニスコート”を仮設造営した。1950年度米テニスランキング第1位のラーセン選手とそのパートナー、リチャードソン選手を迎え、その妙技に観客は魅了された。中野、藤倉、隈丸、堀越、清水、加茂兄弟等当時の日本テニス界を代表する諸選手が健闘して大会を大成功に導いた。

大阪市扇町プール仮設テニスコート
1952年
- 第7回国民体育大会主会場(宮城県営宮城陸上競技場)を施工。アンツーカ舗装トラック。
1953年
- 接収されて「ナイルキニックスタジアム」と呼ばれていた「神宮競技場」が返還され、接収解除を受けた。国はこの機会に走路を土(クレイ)からアンツーカに改修する事とし、当社が施工する。

神宮競技場改修工事(礎石を計測する創業者)
- 第8回国民体育大会主会場(香川県屋島陸上競技場)を施工。アンツーカ舗装トラック。
1954年
- 第9回国民体育大会主会場(札幌市立円山公園総合運動場)を施工。シンダー舗装トラック。この工事で当時陸上競技場の工事で最も重要な転圧や均し作業の機械化施工への第一歩を踏み出す。
1955年
- 第10回国民体育大会主会場(横浜市営三ツ沢公園陸上競技場)を施工。アンツーカ舗装トラック。
1957年
- 「アンツーカ・ネオ」が完成。翌年の第3回アジア大会舗装材選定のための試験舗装に投入し、採用される。

試験走路で舗装材の選定会。この選定会では、トラックコンディションの評価を測定器によるデータで判定することとし、東京大学生産技研の三木五三郎教授、京都大学造園研究室の新田伸三助教授が各種試験機を持ち込み、グラウンドコンディションのJIS規格を制定しようとの意気込みで行われる。 試走は、文部省から中島茂・千葉久三の両先生、日本陸連から吉岡隆徳(暁の超特急)先生他多数の選手で行われる。

アジア大会に向けての国立競技場トラック建設工事
1958年
創業30年
- アンツーカ・ネオが第三回アジア大会・国立霞ヶ丘陸上競技場・補助競技場・国立テニスコート等に採用される。陸上競技では31種目で大会新記録59、日本新記録5を生み出した。

第3回アジア大会を迎える国立競技場(アンツーカネオ)

第3回アジア競技大会開会式
- 東京国分寺の国鉄共済組合50周年記念事業による東京総合競技場を施工。新開発の地下給水装置を装備したアンツーカ・ネオ舗装の陸上競技場、軟式野球場、テニスコート6面・バレーバスケットコート3面を完成。創業以来の受注額が1億円を越えた初めての工事となる。
- 第13回国民体育大会主会場(富山県営陸上競技場)を施工。シンダー舗装トラック。
1959年
- 第14回国民体育大会主会場(国立競技場)を施工。アンツーカネオ舗装トラック。
1960年
- 第15回国民体育大会主会場(熊本水前寺陸上競技場)を施工。シンダー舗装トラック。
- 商号を「奥アンツー力株式会社」に変更。
1961年
- 京都・太泰村田邸テニスコートに全天候舗装材「グラステックス」を施工。
1962年
- 東京オリンピック舗装材選定のための試験舗装。アンツーカ・ネオの改良品「アンツーカ・ネオH」が採用される。

国立競技場試験走路
- 第17回国民体育大会陸上競技大会会場(岡山県営陸上競技場)を施工。シンダー舗装トラック。
- 第18回(1963年)国民体育大会主会場(山口県営陸上競技場)を施工。シンダー舗装トラック。
- 第19回(1964年)国民体育大会主会場(新潟県営新潟陸上競技場)を施工。シンダー舗装トラック。
1963年
- 東京国際スポーツ大会がプレオリンピックとして開催される。

東京国際スポーツ大会(大会旗入場)
- 西洋芝の導入。自社圃場(千葉県・鹿児島県)にてティフトン芝の栽培開始。「オーガスタ芝」と命名。
1964年
- アンツーカ・ネオHが第18回東京オリンピックで、国立霞ヶ丘競技場・補助競技場・東京都駒沢オリンピック公園陸上競技場、選手村織田フィールド等に採用される。陸上100mの試合前に37㍉の雨が降り、「これだけの雨が降れば記録は望めない」と誰もがそう思ったが、ボブ・ヘイズが予選で追い風参考ながらも人類初の10秒を切る9秒9を出し、決勝でもオリンピックレコードで金メダルに輝いた。ベルリン五輪100m覇者ジェシイ・オーエンスは「あの雨のあとでこんなにコースが良くなるとは思わなかった。どんな人がこれを作ったのだ、ヘイズはその人に感謝すべきだ。」と寄稿し、国際陸連のエクゼター会長は「史上最高のトラック」と激賞した。






- 大阪市長居陸上競技場で東京オリンピック・エキジビション大会が開催される。
- 東京都世田谷区のJRA馬事公苑・覆馬場でアンツーカ・ネオHが大賞典馬術競技の舗装材に採用される。
第18回東京オリンピック後~20世紀末(1965~2000)
1965年
- 第20回国民体育大会主会場(岐阜県営陸上競技場)を改修。アンツーカ・ネオH舗装トラック。
- 第21回(1966年)国民体育大会主会場(大分市営陸上競技場)を改修。アンツーカ・ネオH舗装トラック。
1966年
- タイ国バンコクで第6回アジア大会が開催される。タイ国立競技場においてアンツーカ・ネオHで開催される。

タイ国バンコクで開催の第6回アジア大会、タイ国立競技場(アンツーカネオH)
- 第22回(1967年)国民体育大会主会場(埼玉県営上尾運動公園陸上競技場)を施工。アンツーカ・ネオH舗装トラック。
1967年
- ウレタン系全天候舗装「タータン」が、カナダ(ウィニペグ)開催のパンアメリカン競技大会で初デビュー。
1968年
- メキシコオリンピックが全天候ウレタントラック「タータン」で開催される。(メキシコシティ・アステカスタジアム。海抜2000m)これ先立ち、日本での輸入元の住友スリー・エム社は、日本のスポーツ施設会社の中から当社ともう1社を選んで業務提携を行う。
- メキシコ五輪の練習トラックとして、東京都体育館タータントラックが建設される。
- 創業者奥庚子彦、永眠。東京オリンピック開催の年から4年7ヶ月の闘病の後、庚子彦は67歳の生涯を閉じた。メキシコ五輪が全天候鋪装材タータンでの開催直前、アンツーカ時代の終わりを見届けたかのような最後であった。
- 第24回(1969年)国民体育大会主会場(長崎県立総合運動公園陸上競技場)を改修。アンツーカ・ネオH舗装トラック。
1969年
- 当社と呉羽化学で開発を進めていた人工芝が商品化される。7年後の1976年、後楽園球場で採用される。
1970年
- 南ベトナム国立競技場を改修。当社若手のホープ3名が抜擢され、ベトナムに派遣された。ベトナム戦争のさ中、サイゴン(現在のベトナムホーチミン市)で工事を実施。6カ月かけて、ベトナム人と協力し、現地生産のアンツーカネオHでトラックを完工。

南ベトナム国立競技場改修工事
- 三井東圧(現・三井化学)、大日本インキ化学工業(DIC)、昭和高分子の3社がスポーツウレタン舗装市場の可能性を見通して研究に取り組んでいた。当社も各社と連携して急ピッチで国産ポリウレタン舗装材の開発にまい進していた。
- 世田谷区大蔵に国産材で初めてのフルウレタン陸上競技場が完工。(トッピング仕上げ)
- 第25回国民体育大会主会場(岩手県営陸上競技場)を整備。シンダー舗装トラック。
- 第27回(1972年)国民体育大会陸上競技会場(鴨池公園県立陸上競技場)を改修。アンツーカ・ネオH舗装トラック。
- 中部・中国・四国・九州の西日本各地に営業所の展開をする。
1971年
- 第26回国民体育大会主会場(和歌山県紀三井寺運動公園陸上競技場)を整備。アンツーカ・ネオH舗装トラック。
1972年
- ウレタン全天候舗装材を昭和高分子工業株式会社と開発。
- 沖縄県復帰記念国民体育大会主会場(ゴザ市総合運動場)を施工。クレイ舗装トラック。
1973年
- 日本万国博記念陸上競技場を新開発の全天候舗装材で施工。(凹仕上げ)
- 岐阜県営長良川競技場の全天候舗装材で施工。(トッピング仕上げ)
- 4支店7営業所を整備。
1974年
- 三井東圧化学株式会社と合弁会社「東洋スポーツ施設株式会社」を設立、国産初の全天候舗装材「トップエース」を発表。
- 第30回(1975年)国民体育大会主会場(三重県営陸上競技場)改修工事で全天候舗装「トップエース」(トッピング仕上げ)が採用され、国産ウレタントラックの第一歩が始まる。
- 天然芝ブランド「オーガスタ芝」を改め「ヴァイアターフ(ViaTurf)」とする。
1975年
- 大阪市長居陸上競技場と岡山県営陸上競技場が全天候舗装材「トップエース」で全面改修。

大阪市長居陸上競技場
- 競走馬用「ノンスリップ」ウレタン舗装材を開発。JRA栗東トレーニングセンター地下道斜路を施工。
- ロイヤル香港ジョッキークラブ・ハッピーバレー競馬場のパドック、厩舎通路、斜路に「ノンスリップ」ウレタン舗装材を施工。
- ロイヤル香港ジョッキークラブ・シャティン競馬場で「ノンスリップ」ウレタン舗装材を施工。
- 香港に現地法人OKU HONGKONG LTD.を設立。1999年の香港返還までに累計30,000m2超を施工した。
1976年
- 後楽園球場を天然芝から国内初の人工芝「グランドターフ」(クレハ社製)に改修する。

後楽園球場(国内初の人工芝スタジアム)
1978年
創業50年
1981年
- 第37回(1982年)国民体育大会主会場(松江市営陸上競技場)を改修。トップエース舗装トラック。
- 東京営業所を開設。
1982年
- 大阪服部緑地陸上競技場が完工。「全天候舗装は記録が出るが足腰が疲れる」との声を受け、運動力学的なアプローチを初めて10年、ウレタン層の弾性調整法の開発に成功。(EVA工法)「トップエースCL」としてデビュー。

服部緑地競技場
- 砂入人工芝「オムニコート」がデビュー。オムニコートはカナダのオムニ社が製造し、我が国では住友ゴム工業が代理店となりスタートする。「砂入り人工芝」はこの後全国に広がり、当社も全天候舗装テニスコートの標準仕様として多くのテニスコートに敷設する。
1983年
- 第39回(1984年)国民体育大会主会場(奈良市鴻ノ池陸上競技場)を改修。トップエース舗装CLトラック。
1984年
- 大阪城公園内に新築された大阪城ホールで室内陸上競技会が開催される。当社製ボードトラックを仮設、競技会前日に検定を受けての実施。以降毎年実施される。

大阪城ホールボードトラック
- 西部緑地公園陸上競技場(石川県)が「トップエースCL」で新設。

西部緑地公園陸上競技場
1985年
- 第43回(1988年)国民体育大会主会場に向けて(京都市西京極総合運動公園陸上競技場)を改修。トップエースCLトラック。
- 長崎県立総合運動場陸上競技場が「トップエースCL」で新設。消えないライン材「ホワイトウレタン工法 」を採用。

長崎県立総合運動場陸上競技場
1986年
- 京都市西京極総合運動公園陸上競技場が第2回都市公園コンクール「建設大臣賞(施工部門)」を受賞。
1987年
- 竹ケ端運動公園陸上競技場でゴムチップ複合ウレタン舗装材「トップエースCB」トラックがデビュー。

竹ケ端運動公園陸上競技場
- ジョン・プレボー(フィールドターフ創業者)がロングパイル人工芝の充填システムの開発を完成させ、特許を取得する。
- 大阪の長居公園内に長居球技場が竣工。当初は高密度人工芝でスタート。

大阪市長居球技場
1988年
- 京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場が全面改修(トップエースCLトラック)1946年の第1回国民体育大会から42年を経て、2巡目国体の先頭を切って、第43回国民体育大会が開催される。

京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場
1990年
- 兵庫県加古川市の緑地運動場にて日本初ローラーエンボス仕上げが施工される。
1991年
- 稲置学園総合運動場(第3種公認)で国内初のブルートラックが登場。施工慣習的な色へのこだわりと、青い顔料の退色しやすさが障害となっていたが、1980年代に退色に強い顔料が完成し実現する。

稲置学園総合運動場
- 大阪市大正区に市内最大規模のテニス施設「マリンパーク北村」が開設される。アクリル系ハードコート「トップエースTT」7面と砂入人工芝「オムニコート」18面でスタートする。

マリンパーク北村
- バブル崩壊を受けとめた政府はこの頃、思い切った内需拡大政策を採り公共投資を積極的に行った。この追い風と全社を挙げた努力もあり、完成工事高が初めて100億円を突破する。
- 業務拡大にともない組織拡充。8支店17営業所。
1993年
- 長居第2競技場開設.(公認第1種。補助競技場でありながら1種公認は国内唯一)。トップエースCL、ローラーエンボス仕上げ。練習走路はカラーコーディネーションによる濃淡青色走路。

長居第2競技場
1994年
- 岡山県営陸上競技場でトップエースCLエアエンボス(吹付け)仕上げを初施工。
- オンタリオ州ハミルトンの屋内サッカー場にフィールドターフのロングパイル人工芝が初めて導入される。
1995年
- 大阪市南港中央公園野球場が第11回都市公園コンクール「建設省都市局長賞(施工部門)」を受賞。

大阪市南港中央公園野球場
1996年
- 前年に実施されたトラック舗装試験施工コンペティションでトップエースCLが選ばれる。第52回(1997年)国民体育大会に向けてのスタジアムの建て替えに伴い、大阪市長居競技場に「トップエースCL」ローラエンボス仕上げのトラックが完成。

大阪市長居陸上競技場
1998年
- 「バイオコンポシステム」 が建設大臣賞を受賞。公園内で発生する刈草や雑草を、無公害で短時間に堆肥化する環境技術。

バイオコンポシステム
1999年
- 加古川運動公園陸上競技場(兵庫県)が、日本で初めての「ブルートラック1種公認競技場」となる。

加古川運動公園陸上競技場
- 全天候ウレタン舗装材「トップエースCL」がIAAF国際陸上競技連盟(現在のWAワールドアスレティックス)より舗装材認証を取得。

- 第55回(2000年)国民体育大会主会場(富山県営陸上競技場)を施工。トップエースCLトラック。
- ホームページ開設。
2000年
- 日本初のロングパイル人工芝「フィールドターフ」を川崎フロンターレ麻生練習場に敷設。
- 画期的なクレイ舗装改良材「プレミアエース」を開発。
- 宿毛陸上競技場のインフィールド、岩手県花巻市スポーツキャンプ村に地中給排水システム「GOALシステム」を施工。
21世紀~現在(2001~)
2001年
- 大阪市中央区難波宮跡公園新設工事完工。『史跡を公園に』遺構表示など史跡として保全を図りながら、都市公園として整備。(NHK大阪放送局・大阪歴史博物館前広場)

難波宮公園(西部ブロック)
- 三菱養和会スポーツクラブグラウンド(8,200m2)にフィールドターフが採用される。
2002年
- ロングパイル人工芝「フィールドターフ」の販売施工権を取得。
- 東京ドームにプロ野球スタジアム初のロングパイル人工芝を導入、アリーナ12,800m2を昼夜兼行体制により通常の4分の1の工期15日で完成。

東京ドーム
- FIFAワールドカップサッカー関連工事の受注。(大阪市長居競技場会場施設整備工事、第1競技場ピッチ拡張工事、第2競技場コマーシャルディスプレイ会場整備、公園敷地内臨時駐車場整備工事)長居競技場では3試合が開催される。(6/12イングランドvsナイジェリア、6/14日本vsチュニジア、6/22トルコvsセネガル)開催期間中のピッチ整備工を担う。
- 岡山県柵原町に休止鉱山の坑道を利用して、標高1,000~3,500mの高地低酸素環境を再現できる練習走路「ハイポキ・マイン・やなはら」を施工。

ハイポキ・マイン・やなはら
2003年
- 横浜スタジアム、「フィールドターフ」でリフレッシュオープン。既設高密度人工芝からロングパイル人工芝「フィールドターフ」に張り替え、東京ドームに続く「フィールドターフ」のプロ野球スタジアムが誕生。

横浜スタジアム
- 第60回(2005年)国民体育大会主会場(岡山県営陸上競技場)を施工。トップエースCL-A、エアエンボス仕上げ。

岡山県営陸上競技場
- 佐藤工業株式会社とフィールドターフの特性を利用した世界初の人工芝用融雪システム「スノーターフシステム」を開発。
- ISO9001認証(国際標準化機構による品質マネジメントシステムに関する国際規格)を全店取得。
- 佐世保市総合グラウンド陸上競技場・全天候舗装改修工事で、優秀施工業者および優秀現場代理人の表彰を受ける。
- (財)日本テニス協会より企業賞受賞。
2004年
- JFA公認クラウンド「しんよこフットボールパーク」をフィールドターフで完成。

しんよこフットボールパーク
- 米軍佐世保基地フットボール場が完工。米軍基地内へのグラウンド建設。

米軍佐世保基地フットボール場
- アテネオリンピック、陸上・男子走幅跳代表に当社が支援する寺野伸一選手が出場。
2005年
- 夏季の熱中症を防ぐ遮熱トップコート「フィルクール」を開発。
- 「しながわ区民公園」の管理業務委託を受託。

品川区民公園
- 指定管理者制度により「広島県総合グラウンド」の管理業務委託を開始。
- トップエースCLによる大阪市長居陸上競技場が国際陸連(IAAF)クラス2に認定され、IAAF国際グランプリ陸上大阪大会が開かれた。
- 遮熱効果に加えてシックハウス症候群の原因であるホルムアルデヒドやVOC(揮発性有機化合物)の放散量が実用上ゼロの「フィルクールW」を開発し、大阪城ホール室内陸上競技場仮設ボードトラックに採用。
2006年
- 高い衝撃吸収力で選手の安全を第一に開発された「ソフトラバーフェンス」が横浜スタジアム内・外野フェンスに採用される。ソフトラバーフェンスは選手間で好評で、後に福岡ドーム、東京ドーム、名古屋ドームに採用が広がる。
- 指定管理者制度により全国で公共施設の管理業務委託を開始。コンソーシアム形態で大阪市「靭テニスセンター・靭庭球場」の指定管理業務委託を受注。
- 長居陸上競技場が、「溝切切削オーバーレイ工法」と呼ばれるトップエースCLの新工法で完成。JAAF1種公認およびIAAF(現WA)「クラス1」認証検査をクリアし、5月の国際グランプリ、6月の日本選手権を経て2007年世界陸上選手権大会に臨む。

長居陸上競技場
2007年
- 東京ドームを改良型フィールドターフで全面張り替えを行う。撤去から完成まで昼夜兼行で通常の6分の1の工期10日で達成。
- 「世界陸上2007大阪」 熱く燃えた9日間。真夏の異常な高温・多湿の中で、今世紀世界最高記録21、大会新記録2、アジア新記録2、参加選手の国内最高記録59、個人最高記録263が生まれ、「高速トラック」の真価を発揮。

世界陸上2007大阪
2008年
創業80年
- 第63回国民体育大会(おおいた国体)のメイン会場である九州石油ドーム(当時名称)の走路を新工法「トップエースCL・フィルクール工法」で改修。

九州石油ドーム(当時名称)
- 福岡Yahoo!JAPANドーム(当時名称)の外周フェンス緩衝材にソフトラバーフェンスが採用され完成。
- 鴻ノ池運動公園陸上競技場(JAAF第1種公認)にフィルクールが採用される。
- 本格陸上トラックが街なかに出現「御堂筋ストリート陸上」。日本初の仮設トラックによるイベントは大盛況を納め、このイベントを皮切りに、各地で「ストリート陸上」と呼ばれるイベントが行われる様になる。

御堂筋ストリート陸上
2009年
- 福岡Yahoo!JAPANドーム(当時名称)の人工芝サーフェスにフィールドターフが採用され完成。前年の「ソフトラバーフェンス」設置工事と合わせての全面リニューアル。

福岡Yahoo!JAPANドーム(当時名称)
- 「しながわ区民公園他管理業務委託」での取り組みが認められ、第25回都市公園コンクールで「(社)日本公園緑地協会会長賞」を受賞。
- 業務効率向上を図り、本社を東大阪市近畿支店事務所に統合移転。
2010年
- セレッソ大阪が、大阪長居スタジアムに隣接する長居球技場を人工芝から天然芝に改修。J1リーグ対応のホームスタジアムとして生まれ変わり、「キンチョウスタジアム」と名付けられた。

キンチョウスタジアム
2011年
- 第67回(2012年)岐阜国体メイン競技場と補助競技場が、トップエースCLで完成する。切削・オーバーレイ工事は、2007年世界陸上大阪に採用されたIAAF規格対応工法「溝切切削・オーバーレイ工法」で行われた。
- 横浜スタジアムが「フィールドターフ」でリニューアル。2003年に高密度人工芝からフィールドターフに替わって8シーズン、更新に再びフィールドターフが採用された。
- 第66回国民体育大会(おいでませ!山口国体)のメイン会場となる「維新百年記念公園陸上競技場」がトップエースCLで完成。

維新百年記念公園陸上競技場
2012年
- 翌年の第68回国体(スポーツ祭東京2013)メイン競技場「味の素スタジアム」とその補助競技場である「西競技場」が、トップエースCLで完成。

味の素スタジアム
- 管理業務委託を引き受けるセレッソ大阪のホームスタジアムであるキンチョウスタジアムが日本プロサッカーリーグより「Jリーグベストピッチ賞」を受賞。
- トップエースCLで改装された、ぎふ清流国体は男子800mで16年ぶりの大会新記録、少年男子A100mでジュニア日本および大会新記録等、多く記録が更新された。
2013年
- ISO14001認証(国際標準化機構が発行した環境マネジメントシステムに関する国際規格)を全店取得。
- 「味の素スタジアム」で開催されたスポーツ祭東京国体ならびに同年6月開催の第97回日本陸上競技選手権大会では、女子400mでのジュニア日本新記録や少年男子200mでの大会新記録等多くの記録が更新された。
- 管理業務委託を引き受けるセレッソ大阪のホームスタジアムであるキンチョウスタジアムが日本プロサッカーリーグより「Jリーグベストピッチ賞」を2012年に続き連続受賞。

J.LEAGUE AWARDS
2014年
- 東京ドームにフィールドターフが三たび採用され、全面張替によりリニューアル。
2015年
- 浦安市運動公園陸上競技場がJAAF第4種競技場として整備される。そのインフィールドにフィールドターフが敷設され、JFA公認ピッチの認証を受ける。
- 松本平広域公園陸上競技場をトップエースCLで全面改修。切削・オーバーレイ工事は、2007年世界陸上大阪に採用されたIAAF規格対応工法「溝切切削・オーバーレイ工法」で行われ、「IAAFクラス2」認証を取得。

松本平広域公園陸上競技場
2016年
- ナゴヤドームの外周フェンスにソフトラバーフェンスが採用される。
- インターハイ(情熱疾走中国総体)の主会場である「シティライトスタジアム(岡山県総合グラウンド陸上競技場)」がトップエースCLにより全面的に改修される。
2017年
- 福岡ヤフオク!ドームにフィールドターフが再び採用され、更新リニューアル。
- 長野県東御市の湯の丸高原に日本で1番標高の高い所にある400mトラックがトップエースCBで完成。

湯の丸高原に陸上トラック
- 第7回大阪マラソンで、3万人を超えるランナーが大阪の街中を駆け抜けて大いに盛り上がった。同大会車いすマラソンの部で、当社の吉田高志選手が1時間33分2秒のタイムで優勝。

吉田高志選手(写真左)
- 第101回日本陸上競技選手権大会OSAKA2017に当社の川瀬孝則が男子200m出場。
2018年
- 横浜スタジアムにフィールドターフが三たび採用され、全面張替によりリニューアルする。
- 岐阜メモリアルセンター長良川競技場、加古川陸上競技場(兵庫県)がトップエースCLにより全面改修され、IAAFクラス2に認定される。
- 東京ドームの外野フェンスにソフトラバーフェンスが採用され張替え。
- 第102回日本陸上競技選手権大会(維新百年記念公園陸上競技場)で女子800mに当社の大森郁香が出場。
2019年
- 東京ドームにフィールドターフが4度目の採用となり、特別仕様「フィールドターフHD-ST」での全面張替により更なる進化をとげる。
- ISO45001認証(国際標準化機構による労働安全衛生マネジメントシステムに関する国際規格)を全店取得。
- 第80回(2026年開催予定)国民体育大会陸上競技大会会場(新青森県総合運動公園陸上競技場)を完工。トップエースCL-Aにより新設され、IAAFクラス2に認定される。

新青森県総合運動公園 陸上競技場
- 多目的球技場やテニスコートを新設した大枝公園が第9回みどりのまちづくり賞ランドスケープデザイン部門において大阪府知事賞を受賞。
2020年
- 松本平広域公園陸上競技場・補助競技場をトップエースCLで改修。メイン競技場はWA(旧IAAF)クラス2を更新し、補助競技場はJAAF第3種公認を更新。
- 第104回日本陸上競技選手権大会(デンカビッグスワンスタジアム)で女子800mに当社の大森郁香が出場。
2021年
- たけびしスタジアム京都(西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場)がトップエースCLにより全面改修され、JAAF1種公認の更新ならびにWA(旧IAAF)クラス2に認定される。

たけびしスタジアム京都(西京極陸上競技場兼球技場)
- セレッソ大阪ホームスタジアムであったキンチョウスタジアムの天然芝ピッチを全面改修し、「ヨドコウ桜スタジアム」としてリニューアル。

ヨドコウ桜スタジアム
2022年
- 岐阜メモリアルセンター長良川競技場がトップエースCL(切削・オーバーレイ)で改修され、JAAF第1種公認及びWAクラス2認証を更新。
- しんよこフットボールパークで2004年敷設のフィールドターフが2012年の張替に続き、三たび採用され張替更新。
- フィールドターフ社はロングパイル人工芝の充填材に替わる天然素材由来品開発に取り組んできた。夏季の舗装表面温度抑制と健康志向ニーズ対応を目的としたもので、2015年:ピュアフィル(高比重コルク)、2020年:ピュアセレクト(オリーブ種子殻)、2022年:ピュアジオ(ココヤシ繊維)の3製品がそろう。
- 東京支店を台東区から千代田区に移転。
2023年
- スポーツ選手の強化、育成を目的とした我が国の国際競技力強化の中核拠点である「ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)陸上トレーニング場」をトップエースCLでリニューアル。

HPSC陸上トレーニング場
- 米国海軍佐世保基地ニミッツパークフットボール場でフィールドターフが再び採用され、2004年の敷設から19年ぶりのリニューアル。
2024年
- 維新みらいふスタジアムならびに新青森県総合運動公園陸上競技場がトップエースCLのオーバーレイ工法により改修され、JAAF1種公認ならびにWAクラス2公認を更新。
2025年
- 横浜スタジアムにて4度目の人工芝更新が行われ、フィールドターフが採用される。



















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